レース鳩0777情熱



 現時点で最も欲しい本は何か?と問われればそりゃ「レース鳩0777」(飯森広一/秋田書店)さと答えたい。
 「0777」と書いて「アラシ」と読みます。これは漫画の主役の飼ってる鳩の名前で、登録番号が「0777」でそれが花札の手でいう「アラシ」だからかっこいいじゃんということで安直に決められた名前です。
 この本に出会ったのは小学5年のとき。
 教室に鳩が飛んできたんですよ。担任がそいつを捕まえると足にビニールテープみたいなのに登録番号があって「これはレース鳩」だとわかりました。持ち主に連絡すると、なんか一度そこに帰ってきてしまうと元の鳩舎には帰ってこないからそいつはあげるよという話。
 そこでうちのクラスでは鳩に名前を決めて飼うことになりました。
 最終候補は「ポッポ(うろ覚えだがこんな単純な発音の名前)」と「はとちゃんぺ」。いやなんか、時代を反映した最終候補じゃないですか。
 そんで、この二つがクラスを二分する人気だったんだけど、最終投票のとき私が女性軍が支持する「ポッポ」を裏切り「はとちゃんぺ」に挙手したんで名前は後者に決まったんですよ。ちゃんぺという略称で親しまれてました。
 そいつも数年後に車に轢かれて死んだらしいですね。
 まあそりゃいいが、その飼い主だった人が「鳩の勉強のために(?)」とクラスに進呈してくれたのが「レース鳩0777」だったんですわ。
 これがまた時代を感じさせる熱い漫画。1巻が昭和53年だから今から22年くらい前の漫画なのか?全14巻で、特色は鳩がしゃべる!戦う!というとこです。
 「銀牙」も犬がしゃべってましたが、あんな感じと思ってください。
 当初、基本的には鳩の持ち主たちの人間ドラマで構成されていたが、やっぱレースをするのは鳩だから巻を追うごとに鳩の言葉が増えていく。
 鳩がレースをしている際に立ちはだかる困難、それを妙な理論と機転によって回避していく我らが主役のアラシ!
 最初ぐたぐだに見える話も、アラシが成長し800kmレース、1000kmレースとこなしていき鳩たちのプライドの戦いや、「なにこの鳩?」というようなどう考えても鳩には見えないライバルの出現、こんなにも血のたぎる熱い話はあるだろうか、いやない、と言いたくなるようなエピソード目白押しになってきますわ。
 今この話の最盛期なら迷わずそろえてますね。
 3年前に注文したとき、3〜6、8巻だけきてあと絶版になっててがっくりきました。古本で1、2巻見つけたんですけど、私が欲しかったのは最終レースとなる13、14巻に収録された1100kmレースなんだよ!と憤ったのを憶えてます。
 では、その1100kmレースまではどんな話だったのか?
 ダイジェストでお送りしましょう。

1.森山次郎、グレート・ピジョンに出会い、アラシをもらう。

2.巣立ち、そしてライバルとの出会い

3.短距離レース出場

4.500キロレースの不幸と600キロレースの異変

5.フェーン現象との戦い

 と、ここまでが7巻の内容。
 8巻以降は省略。だって本がないんだもん。8巻はあるけど、800キロレースで初の海越え(北海道からの放鳩になるから)の話になっている。が、結末が9巻に持ち越しなんでどうなったんだかわかんないんだよなーっ。
 このくらいの長距離になると物語もなんだか濃くなってくる。
 いろんな鳩の思い入れとか、独白とか、ライバルとの競争とか、そういったなんかこードラマが熱いのだ。やっぱりアラシが主役だからアラシに肩入れしたくなるじゃん?でもマグナムの過去とかそれぞれの飼い主の思い出とかを読まされちゃってるから、みんな平等に生きて帰って入賞してほしいんだよ。・・・・・・という思い出しかなくて。
 ということだから9から12巻までの記憶はないです。
 逆にいえば、12巻までの話ってラストのレースをいかに劇的に見せるかの踏み板にすぎないのだ。言い過ぎではありません。マジで。
 結果としてこの漫画はアラシと次郎の成長物語だ。そして────読者に中通りのコースがいかに難所なのかという知識を叩き込む場であったとしか思えない。
 ラストにふさわしい長距離レース、劇的な展開、どれだけ当時この最後2冊だけを読み返したことか。
 それだけ読み返したからこそ、ここんとこだけ記憶がかなり鮮明なんですよ。
 1100キロレースは最初から波乱含みの展開だった。
 開催されたのは10月の下旬(だったと思う)。
 季節はずれの大型台風が日本へ迫っていた。
 しかし北海道からの放鳩であるし、この時期に上陸はしないだろうということで、一応レースの受付は行われる。放鳩地は北海道の最北端・稚内。
 次郎たちは皆、天候の心配をしていた。いくら北海道がはれていても、帰ってくるとき台風が東京にあったのでは鳩が死んでしまう。勿論、協会の人たちも放鳩するかどうかは真剣に悩んだ。
 そして出された結論は、「台風はこない」ということでGOサインが出される。
 早朝、放鳩された。勿論、アラシを含め今まで名のあがってきたライバルたちは勢ぞろいしている。長距離には向かないトップもだ。
 トップは考えていた。
 もっと早く飛ぼう。もっと早く飛んで、自分の飼い主に褒めてもらうのだ。あの暖かい手の中に早く帰ろう。
 トップの初速についてこれる鳩はいない。
 彼は誰よりも先に津軽海峡に到達する。海の上でもスピードは落ちない。ただ先へ速く進むことだけを考えていた。────そのとき。
 体がきしんだ。
 トップの気持ちに体がついてこなかったのだ。
 13巻の最後、レース序盤にして、トップは羽から大出血、そのまま海に落ちていった。・・・前のレースのように墜落したからといって助けてくれる者はもういない。
 最初に脱落したのは彼だった。
 そして、未だ北海道上空を飛ぶオフクロの姿があった。
 彼女は何羽かの仲間を従え、いつもの優れた方向感覚を頼りに先を急いでいた。
 そのとき、前方に黒い群れを発見する。鴉の群れだ。鴉にも何種類かあり、それは最も獰猛なハシブトカラスの群れだった。感覚の優れたオフクロは真っ先に危険を察知し、慌てて進行方向からそれようとする。
 その目立つ行動を見逃す鴉ではなかった。
 オフクロは自分の優れた感覚のために鴉に襲われ、そして死んでしまう。
 海越えまでに死んだ鳩2羽!
 ゾンビ屋れい子みたいな展開になってないか、おい。
 そんなこんなで海越えに成功する鳩たち。距離も長いので、勿論一日では飛びきれない。鳥は夜目が利かないから夜は木の陰なんかに隠れて休養し、また朝に飛び立つような行動をとる。
 勿論夜目のきかないイナズマも早々に休憩に入った。
 しかし、何か違和感を感じる。暗闇の中に何かがいて、じっとこっちを見ているようだった。
 本能的に危険だとわかる。危険なんだから逃げなければ・・・・・・!
 夜目の利かないまま思わず飛び立ってとまったイナズマを、相手は容赦しなかった。暗闇から飛び出しイナズマを襲う!
 ふくろうだった。
 肉食のふくろうはイナズマを狙っていた。夜目がきくとはいえ、鳥のこと。もし、イナズマが視線に気付いて飛び立とうとさえしなければ襲われることも免れたかもしれない。しかし現実は厳しく、イナズマはふくろうの餌となってしまった
 一夜明け、鳩たちはどんどん関東に近づいてきていた。
 しかしそこで思わぬアクシデントが待っている。上陸するはずがない、と思われていた台風がなんのことはない東北地方に迫る勢いで北上を続けていたのだ。
 脱落する鳩続出。
 ひどい風で思うように前には進めない。しかしこういう場合は低地を飛べば風の抵抗も少なくすむのだと、白夜は知っていた。
 彼は商店街あたりの道へ降下していった。
 すると────雰囲気がおかしい。周りの鳩が何かにひっかかって落ちていく。
 そう。電線だ。気付いたときにはもう遅い。
 白夜も例にもれず電線にひっかかって感電してしまう。地面に墜落し、台風の強風にあおられ地面を転がっていく。
 まだこの時彼は生きていた。そして、もし、今が晴れていて台風なんてきていなかったら、商店街のアーケードの下を転がる彼の姿を目に留め手当てをしてくれる人もいただろう。しかし、今、商店街の店は全て閉じられ、通行する者なぞ一人もいない。
 彼は寂しく転がり続け、そして────絶命した。
 そんな悲劇の続く中、まだいくらかの鳩が鳩舎を目指して飛んでいた。
 台風の勢力は衰えることなく鳩たちの進路を阻む。
 アラシとマグナムはまだ飛んでいた。


 こういう状況下で。
 人間たちにもいろんなドラマがあったと思う。台風が近づき鳩が無事に帰ってこれるかどうかわからない。
 落ち着いていられる方がおかしいというものではないだろうか。
 たった1つ覚えているのは、大関くんの話だ。白夜の飼い主である彼は、基本的に卑怯な悪者なのだがどこか抜けていて憎めない。ビャクヤを愛する心も大きく、勿論台風の到来に心乱していた1人だ。
 その落ち着きのなさ加減が心配で、彼の祖父はやってはいけないことを彼に教える。
 なんか冷蔵庫にタイマーいれとくと、数秒だか数分だか調べてもわからないように遅れる性質があって、そうしてればビャクヤの記録がよくなって入賞もできるかもしれないと教えるのだ。大関くんは夢中になってそーいう不正をしようと頑張ってました。
 ビャクヤはもう、戻ってこないのに。
 ところでアラシたち。
 彼らは今あの、浜通りと中通りの境目に到達していた。
 他の鳩たちは迷うことなく浜通りを目指した。しかしアラシはそこで考える。今まさに自分たちが飛ぶ地域全てが悪天候だ。しかも風は山側から海側に吹き付けている。
 浜通りを通ってしまえば風に流されて海に出る。でも、中通りを飛ぶなら流されたとしても浜通りに出るだけだ。その方が安全なのではないか?
 アラシとマグナムの兄弟は中通りを選んだ。
 そして偶然か必然か、浜通りを選んだ鳩たちは全滅している。
 最後に生き残ったのはアラシたち2羽だけだった。気象条件の厳しい中、体力を振り絞り家を目指す2羽。
 風にあおられたアラシは山地の森の中に迷い込み、更にまた風に流されあろうことか木の枝に羽が突き刺さってしまう!これでは身動きが取れない!
 それを見下ろしマグナムは飛び去っていった。
 マグナムは黒田さんの鳩舎に戻った。関東は既に台風の影響から脱していて、曇っていたが風はそんなでもなくなっていた。生還したマグナムを喜び、黒田さんは水を飲ませようとして驚愕した。
 マグナムの・・・・・・マグナムの両足がない!!一体どんな過酷なレースをしてきたんだ!
 「可哀相に」と水を飲ませてやろうとしたが、その時マグナムは力つき息を引き取ってしまう。
 そしてアラシは。
 早朝、鳩舎の横で待つ次郎。誰の鳩も戻ってきていない。今回のレースは全滅だろう、という話は聞かされたがそれでもあきらめきれるわけがない。
 次郎は強運の持ち主だ。主役だしね。
 諦めきれずずっと待っていると、彼方に鳥の羽音を聞く。
 アラシだ!!!
 左の羽にぽっかり穴が開いてるものの、アラシは見事この危険なレースを乗り越えて次郎の待つ鳩舎へと生還したのだった。

完。


 そんな話です。
 この1100キロレースがすごい好きなんですよ、私。
 それは多分、最後のレースということで気合いいれてる作者の熱意に根負けしたから、というのもあるのでしょうが、何よりもいさぎよく次々と主役級の鳩をぶち殺していくところがいい。
 白夜の死に方なんてひどいもんだと思いませんか。
 小学生心に「可哀相に」と思ってたような気がします。昔っから、残酷でホラーな描写好きな私に可哀相にと思わせるシーンなんてそうそうないっすよ。どれだけ白夜が無人のアーケードを転がっていく様が虚しかったかは想像に難くないでしょ。
 トップが血噴き出すシーンも圧巻だった。そんなに羽ばたくことないだろ、とつっこみいれましたよ。ええ。
 「レース鳩アラシ」は「銀牙」と同じジャンルのものだと思う。動物が頑張ってること、しゃべってることを考えればなんか同じ匂いを感じてしまうのですよ。
 でもアラシたちは直接的には喋っていない。「こう考えてるのではないか?」というのが根幹になっているし、レース鳩という関係上飼い主たちの話は多く盛り込まれた。銀牙は3巻あたりから人間の出る幕なくなったからね。熱い犬の漢たちはかっこよかったさ。
 銀牙は終わるからといって主役級の犬が死ぬことなんてほとんどなかった。ベンなんか変な拳法を身に付けたばかりか目ぇ見えるようになってなかったっけ?第2部の狼編で。
 アラシたちは違う。
 厳しいレースの中で命を落としていった。
 それは、単に作者が「物語上いい感じだから」と判断したのか、それとも現実は厳しいのだということを描ききりたかったからなのか。
 私としては、最後を華々しく締めくくりたかった作者が、ヤケ起こして「いかに劇的に死ぬか」という命題の答えを出してしまった、という方向性であってほしいと思います。
 「レース鳩アラシ」は動物漫画を代表する作品だと私は断言します。
 ということで復刻してくれませんかねー?太田出版あたりが。駄目かな。
 アストロ球団ほど異彩を放ってるわけでもなく、ドカベンで脚光を浴びた時代の秋田書店の本だとしても存在は地味だったろうし、なんにせよ────本当にまったくもって知名度薄そうだもんなー。
 みんなで秋田か太田に投稿して復刻してもらいましょーよー。
 文庫でもなんでもいいですから。

おわり
戻る