3.夢の話はやめましょうよ
今まで生きてて来て、その間セールスに捕まりやすい挙動で動きつづけていれば、「あのキャッチセールスな人は私めがけてやってくるな」ということが視界の端に映っただけだとしてもわかるようになってくる。
数年前のこと。
4人で歩いていたのだが、その頃知人も含めた他人全てが苦手だったせいか1歩ずれて歩いていたら、恐らく「お、1人出歩いているカモ」とでも思われたんだろう。兄ちゃんが声かけてきたんだな。
こーいうとこ歩いてるとセールスに引っかかりやすい、という話題を直前までしていたせいもあって、視界の左端隅ギリギリで私向かって歩き始めたとしか思えない人間の存在を感じ思わず笑ってしまったですよ。その笑いもガハガハ笑ってたらただの馬鹿なんで、ニヤリとかニヘラとかそーいうほくそ笑み系のものだった。
だっておかしいんだもん!
本当に狙われやすいぞ、オレって思ったんだもん!
なにより、余程前の三人とは他人に見えたというか、絶対に友達ではないと思われたんだよな。
まあ思われるくらい外見っつーか雰囲気違うからな。
笑ってしまったことを相手がなんと取ったかは知らない。ただはっきりしているのは、何のセールスかは知らないがえらく馴れ馴れしい奴だったということだ。
もう忘れてしまったが、「ちょっといい?」などと呼びかけられたとしておこう。
「忙しいですから」と型どおりな断り方をする私の肩に、既にそいつの手は置かれていた。呼び止めるではなくすでに力づくで引き止める、みたいなことになっている。いやーん、連れ去られるー(笑)。
いやもうなんだか不愉快に思っていいやら爆笑していいやらわからんが、とにかく今は立ち止まって話を聞く訳にもいかんので「いや結構」的な断り文句VS「そんなこと言わずにさあ」的追いかけ文句という戦いをしながら前方の知人たちを追い越しスピードあげて歩き始めたらその三人の中で一番私の話を聞いてくれる(理解してくれる、ではない)知人がそのよくわからん競歩に参加してくれたので振り切れたという話があります。
爆笑でした。ほらね!こんなにも声かけられるんだってば!・・・という話をしたような気もするのう。
しかしこればっかりは「気をつけなさい」「はいそうします」でどうにかなるもんでもないだろう。相手のあることだし。
まあこの話は若かりし頃の微笑ましい体験談ですよ。体の一部をつかまれたのは3回程度なので中でも貴重な体験です。
が。
話はそれではなくて、昨今街中で何故か目立つようになった画廊の話ですよ。
画廊────と言ってもいいんですかね?
現代アート(シルクスクリーンで版画な、パズルとかでよく見る系の芸術作品?ですか?)が飾られた店ですよ。
それが凄い苦労をして作られた絵というのはわかるが、だからって何十万もだせんだろ。考えろよ。────と思わせる上流階級の人間がいくとこですか?なんて雰囲気満点の店舗ですね。捕まったら放してくれそうにないという。
そんな店の前で2人くらい絵葉書を配ってんだよ。
そいつらの横を通り過ぎようとしたとき女が私を呼び止めた。葉書きをもらって欲しいと言う。
「はあ」と言いつつもらうだろうそりゃ。「何かを配っている」という行為は要するにティッシュ配ってんのとおんなじようなものだし。同じじゃないけどさー、くれるものはもらってしまわんか?それによくあるビラ配りだって、配ってる人は配りきらなきゃ帰れないから大変じゃないですか?違うのか?大変そうだからもらってあげよう、という意識の人だって何人かはいるはずだ。
でもね。
葉書きはもらっては駄目。
いやほんと。
例えば葉書きを一枚もらうわな。そこで、はいさようなら、というわけにはいかない。
「今女性の方にだけもう一枚プレゼントしてるんですよ」などという甘言を弄して攻めてくる。で、「そうなの?」と思って2枚目を選んでしまうと「今そこの店においてあるものなんだけど良かったら見ていかない?」という事態になるのですな。断っても「ほんのちょっとだけだから」「見ていってもらうだけでいいから」と畳み掛けられ気が弱い人は連れ込まれます。
私は連れ込まれました。
こう見えても気が弱いのですよ。あっはっは。
今更ながらわかりましたよ。いやもうわかるの遅すぎ。一枚目の葉書きは立ち止まってくれるお人よしかそうでないか、二枚目はつれこめそうなくらい馬鹿かどうかの指標となるんですな。その上二枚目を受け取るということは、乱暴に言えば「絵が好き」かどうかを確かめる手段ととれなくもない。絵好き人間のうえにお人好しなバカであれぱ買わせるのもたやすいというもの。
で、たやすいと思われて連れ込まれた私ですが。
最初入り口で署名させられる。素直に書くのも何か癪なのででたらめ書いてみたりする。
中に入ると女の人が1人ついた。シルクスクリーン生成方法について講釈を垂れてくれるらしい。もう知ってるのでいらん旨伝えてもまあそういうしきたりですからとか言って説明された。
要するにアレね。版画です。あれらって版画なんですよ。ヒロヤマガタって暇な人だよね。
「はあ」ばっか連発してたら、何故か女から男に店員が交代した。男で攻めれば篭絡できるとでも思われたのだろうか。よくわからんがそいつにもやる気ない感じで「はあ」を繰り返してたら、「じゃぁゆっくり見ていってください」とか言われて放置プレイに突入してしもうた。
でだ。
別に私は買う気はないが見るだけってのは好きなのだ。
絵画鑑賞は嫌いではない。見ていけと言うなら見ていこうと思うじゃないか。思わないのか?いやだってせっかく飾ってあるもの、ぐるりと見渡すぐらいよいではないか。
奥の方に興味深いものはなかった。
なんか動物系のやつ。イルカとかトラとか描いてあったが、現代アートの造詣を深める気はとんどないからそんな好みではない絵は見ない。入り口に近い方に風景画系のものが飾ってあった。うん。こーいうのはいいね。ジグソーパズルにしたらかなり難しくなりそうだが、誰かが勝手にやるというなら部屋に飾っても別に構わないや。
おんなじ系統のが3枚あった。夕刻の風景なのか赤と黒を基調とした絵だった。
────こういうのっていくらくらいするんですか?
昨今になって視力の激弱になった私は、眼鏡を携帯するという意識がないので絵の下にある値札がとんと見えない。仕方ないんで近寄って値段を見たらなんだか80万だった。
あー・・・そりゃまあこのくらいするわなあ。
納得して帰ろうと思ったら、さっき私を見放した男が唐突に登場、いきなり営業トークを始めてしまった。
どうも「こいつ買わせるか?」という雰囲気にさせてしまったらしい。価格なんて見るものじゃないね。っていうか私も放置プレイになったときすかさず帰れよ。
男はその絵がいかに素晴らしいかを説き始めた。
ミハエル・バテュとかバチュとかなんかそんな名前の人。この人を知っているのかと聞かれ知らんと答える私。知るわけないじゃん、興味ないんだから。
なんでもその人は凄い女の人で、なんとかいうすごい芸術系学校を卒業し、なんとかいうすごい賞をもらい、どうとかっていう芸術部門における最高の大会で金賞を5年連続とか受賞して殿堂入りを果たし(だって必ず金賞になるから。木村拓哉とかいう男がベストジーニストの殿堂な人になったのと同じ理屈じゃないのか?)、なんか雑誌にも取り上げられどことかの王室御用達で今けっこういろんな人が買っててとにかくすごいのだと。
はあ。そうですか。
とにかくおんなじようなことを資料を駆使してくどくど言ってくれるおっちゃんだった。
嘘かほんとかはともかく、何故私にこうもしつこく言ってくるかというと、とりあえずこんだけある絵の中で「バテュを選んだ」かららしい。この店にある絵の中では確かにそれが一番マシだった。しかもその彼女の絵3点の中からどれがいいかと聞かれ(それに答える律儀な私なのだが)、その海岸っぽいさびれた風景の夕焼けでほんと赤と黒とか色のないような絵が一番マシと言ってしまったかららしい。
その絵はなんでも上記で触れた「芸術系の最高の大会」で正に金賞を受賞した絵で、彼女を全く知らなくてこれを選んだ見識眼が見事?みたいな?
おだてますよー、この男。
だからってそれがなんだという感じですが。
どうせこの辺りに飾ってあるどの絵もそれなりに名の売れた人間が作ってて、なんとかって賞も取ってたりするんだろう?
だったら「この絵がいい」とのたまう客の全ての見識眼が超最高ってことになるじゃないか。なんだよそれ。
彼の説明にやる気なさげに「はあ」と相槌をうってたら、どうも相手側としては「大人しく話を聞いてくれるカモ」とでも認識したらしい。唐突にローンの話ですよ。買いませんか?ローンで?ですよ。
アホか。
「いやあ最近では若い人が一生モノということで買っていらっしゃるんですよ」
その人と私は違う人ということを認識してるか?
「こういう絵が朝起きて壁にあったりしたら生活変わると思うんですよ」
いや変わんねえだろ。日々後悔するだろ。
「GLAYのTERUさんも買ってらっしゃいますよ」
いやそいつ一応金持ちだし。
「TERUは金持ちじゃないですか。私金ないんですから」
「だから一月一万のローンで・・・」
「月に一万もそんなものに使えません」
そんなこんなな話してたら唐突に男は立ち上がってどっかに行った。誰かに呼ばれたらしい。んで帰ってきて仰りやがるお話がまたすごいんですよ。
とりあえず前フリとして、私に買わせようとしている絵というのは世界に60枚くらいしかなくて(この絵の制作にあたっての舞台裏の話とか馬鹿馬鹿しいほど勿体つけた話があったのだがそこは割愛)、しかも現在日本には4枚くらいしかなくてその中の一枚がたまたまオープニング記念(?だったっけ?)でこの画廊に置かせてもらっている。ここにこの絵があって私がここに入ってそれを見つけて気に入る(既に気に入ったことにされてるらしい)ことはすごい確率なのだそうだ。
そこで質問。
そんなステキな絵を80万で買いますか?
買わねえよ。
はっきり言わせてもらえれば、私の中の最大の芸術家は古屋兎丸なのだ。そんなことでいいのかどうかは知らんがそういうことになっているのだ。
それ以外の人間の作ったものに1000円の価値もあるものか。
ジグソーパズルにでもしとけ、そんなもん。
ということで、「月1万のローンならいいじゃないですか。何にそんなに使ってんですか」「そんなのに月一万も浪費できん。本もゲームも買わなきゃならんのに」「ゲームと言えば僕は最近マリオサンシャインを買いまして」「ああ私も持ってますよ」とゲームの話で盛り上がりつつ(FF6の話とかしましたねえ)、とにかく買う買わないの押し問答ですよ。
そのうち向こうが折れて60万ならどうだと言ってきた。
何故値下げしてくるのか?
それがさっき呼ばれて行って帰ってきたというイベントに起因している。
なんでか知らんが、本日たまたまその会社の仕入部長みたいな人がこの店にやってきていた。まあ、ペーペーの社員じゃ顔を拝むことなんてまずない雲の上の人よ。
その人がね。
この桜小路を見てね。
そして営業男の話を聞いてね。
是非この人に買ってもらえと。超訳するなら、こいつに買わせんと減俸じゃあごるぁ!だと。
こんなにいいお客さん(カモってこと?)はそうそういないから、是非格安お値段で買ってもらいなさいと偉い人が言っていると、こー言うのですよ。
なんだかなあ・・・と思いました。
ああいうとこってローンの計算本みたいなものがあるんですよ。わたし始めて見ましたが、80万の支払で月1万のローンの場合何十カ月の支払とか、初月は何円で以下何カ月がいくらになっててだから月何千円とか何万円の何回払いでいいんですとかいうのが延々表になってて書いてあるんだって。そればっかりの本。そろばんの問題集というか・・・・・・暦みたいだった。何年生まれは何歳で八白土星だとか調べる早見表ってあるじゃん。あんな感じ。喋るより目でわからせることによって客に心身ともに納得させるということなんだろうか?
それ見せられて、
「本当なら80万円でここの欄だけど(小声になって)桜小路さんには特別に60万円だからこの金額に・・・」
と説明してくれるのですわ。向こうも必死だが、こっちも必死だ。
「でも金がないから買えません」
「月いくらもらってるんですか?」
何故おまえにそんなこと教えにゃならんのか?
「15万もらってるとしてそのうちの1万ですよ」
「1万は大きいですよ」
ええもう。1万くらいその月の新刊買うだけでなくなるからな。
ゲームだって1本しか買えないぞ。相変わらずな価値観だがこれが真実なのですよ。
ああだこうだ言っていると、男は更に小声になった。
「じゃあこうしましょう。例えばですよ。例えば。これは夢の話ですが」
「夢の話はやめましょうよ」
「いやいやこれはほんとに仮に例えばで、まあ夢なんですが、40万にすると言ったらかいますか」
はい?
「もし桜小路さんがそれなら買うというのなら、僕はクビを覚悟で仕入部長に相談に行きます。駄目だと思いますけど」
「駄目なら駄目じゃないですか」
っていうかこの絵の原価はいくらだ?
「ほんとにそんな値段で売ったらいくら僕の会社が専属契約していて安く仕入れられるといっても儲けなんか全然ないんですよ。でもね、桜小路さん、ほんとに話を聞いてくださってこの絵を目に止めるだけの見識があって・・・」
以下、ホメまくりな文が続く。
「そういう人に是非買って欲しいわけです」
「でも買えません」
「だから夢の話なんですけど」
「だから夢の話はやめましょうよ」
そして押し問答の末、私はどうもひどいことを言ったらしい。
男はファイルを開いた。そこには今まで買った人たちが、「絵を買ってよかった」という文章と絵を飾った部屋の写真を公開していた。若い人たちがいっぱいですよ。これはアレですね。雑誌の巻末にある「幸運を呼ぶブレスレット!」とかいうのの購入者の声とおんなじようなものだね。
「買われたらここに写真が載るんですよ。もし買ってここに載るときなんてコメントしますか」
「・・・買わされました」
「ひどいですね」
ええ。私はひどいです。
ということで、それが決め手となったのかなんなのか知らんが、しばらくして解放してもらいましたよ。私は別に暇なんで構わんが、彼としては1時間半が完全なる無駄に終わってしまいましたな。
「じゃあまた機会がありましたら」などと言って送り出してはいたものの、おそらくその心中はめちゃめちゃ腹立ってたんじゃないっすかね。まあ勝手に連れ込んで断りもなく営業トーク始めてるんだから私のせいでは全くもってないのだが。
一度入ってしまったので、もう絵葉書配りには近寄らないことに決めました。
でも相手が近寄ってくるのでもう受け取らないことにしました。
受け取ってしかも連れ込まれたら1時間半だからなー・・・基本的には暇だからそこを歩いているわけだが、だからって毎度毎度時間の浪費をすることもあるまい。
しかしもし私が「じゃあ40万なら買った!」と即決し、夢の話を仕入部長にねじこんだ場合それは通ったんだろうか?
80万のものを40万で?売るとなると40万よりは安いということだろ?いくらなんでも赤字になるのに売らないだろうし。彼がそう値段を下げて言ってくるってことは「利益はないけど売らないよりマシ」という意識からなんだと思う。自分で「これは凄い絵なんだ」と絶賛しといてそんな投売り価格でカモにすすめるのはどうかと思うが、それは果たして売りつけようとしただけか、彼が言っていたように「是非あなたに買って欲しいからこそこの値段」という殺し文句の通りだったのかどっちが真実なんだろう。
で。
いろんな意味で綱渡りをしてそうな私ですが、とりあえず今のとこは無事です。
未だにいろんな人に声をかけられます。そんなに騙せそうな顔をしてるんだろうか?私は。まあ、随分前に宗教系の外人に本を売りつけられそうになったりしたものだが。くれるというからもらうといったら、「100円」とかいうので断ったですよ。
あのとき本通りに流れた「宗教の勧誘やキャッチセールスに気をつけてください」というアナウンス、一生忘れませんよ(笑)。通りすがりに助け舟をだしてくれてありがとう、屋台のおっさん。
それからさー、宝石屋の勧誘というかセールスはしつこいね。
ここは電話セールス語るとこじゃないから電話関係ははしょるけれども、そういやもう何年も前に道端で宝石売りの姐御にからまれただよ。
あの人たちの言うことはおかしいと思う。
生きてきて何十年、興味なかったから「興味ない」と言ってるのに、「今そういう人たちらも見てもらおうと・・・」っていう言い方してくんのな。そりゃまあ新規開拓としては普通な話なんだが、やはり興味のない人間はどこまでいっても興味ないですよ?興味ない人を店に連れてくっつうか話持ちかけても時間の無駄だと思うがどうなんだろう。そういうところで宝石見せられた人が急に開眼して石をまとめ買いし始めたりするんだろうか。
私はどちらかと言えば、「聖徳太子も身につけていた青い石」とか「外国の超有名人も買っているライスパワー」とか昔アワーズの表紙裏の広告にあった「弾道人工爆撃精霊」やら「爆運が唸る水晶」とかに興味津々なので正統派な貴金属類はどうでもいいです。
やはり買うならすごそうなものがええじゃろ。その点アワーズの広告は良かったなあ・・・買ったら無料でウンモ聖人がどうとかいう会報がもらえたんですよ。世紀末あたりにはなんとかいう悪魔が大降臨するからすごいぞ!みたいな、本当にすごいのかどうかよくわからん広告も挿入され大フィーバーだったのに今ではおたく専門店の広告かよ・・・面白いねえな・・・という話で。
しかし、ま、宝石売りの人ですが、あの時もさんざ話だけさせといて「忙しいです」と振り払って帰ったよな(笑)。
だって「近くの喫茶店に入って話でも」モードになってきたんだもん。逃げるよ、いくらなんでも。
まあそんなこんなな話ですが他にもいろいろありすぎてよくわからんですよ。
こんな愉快な体験をしたい方、是非今回紹介した方法を試してみてください。
きっとお役に立つはずです。