※良い子はマネしてはいけません。っていうかマネして何か起こっても私の関知するとこではないのでご注意ください。

2.いや、それはどう考えても詐欺。   新条飛鳥

 その年の2月初旬、私はとても鬱な感じでした。
 何がどんな鬱なのかは説明しづらいが、今思い返してゾッとするくらい人としてつぶけていた時期でした。大学受験のブルーなのとは明らかにベクトルが違い、他人に迷惑かけてるのはわかっているのだが迷惑かけずにいられない、というかなり駄目人間な生活をしていました。
 とにかく発散しなければ駄目だ。
 しかしカラオケに行く友人などいず、休日は専ら1人でいるしかない。街に出ても1人なわけだから、別に面白くも何ともない上に疲れるだけだった。
 だから40キロくらいありそうな道程を歩いて帰ろうという馬鹿企画を敢行したりしたわけだが。
 疲れましたよ。ええ。
 そのおかげでデジカメあたったんだけど。
 さて、それはある日曜日だったと思う。
 繁華街を歩いてたですよ。
 そこはいろんなキャッチセールスがあるんだが、そのときは
「美容に関するアンケートに答えてくれ」系のものだった。話しかけてきたのは20代後半から30代ではないかと推測されるおっさん。実際は20代半ばだったと記憶するが、どっちにしろおっさんに見えた。
 「忙しいから」
とありきたりのお断りを述べると
 
「実はお兄さんはあそこにいる若者(10代後半に見えた)と競争させられていて、年食ってる分どうも形勢が不利だ。アンケートに答えてくれればそれでいいんでどうにか協力してもらえないだろうか」
という反撃。
 通常モードならお断りしていただろうが、何故かこのときに限り「まあいいか」と思ってしまった。
 本当に思ったんだよ。この場でアンケートに答えればいいのなら、って思ってて。
 しかしおっさんはいきなり歩き始めた。そしてあるビルのエレベーターに乗せられ5階で下ろされた。どうもエステとかそういう系の店らしい。
 中は小さいテーブルと2脚の椅子が1セットになったものがいくつかのパーティションに区切られずらりと並んでいるように見えた。狭い通路にそれを作り、恐らく奥の方はエステ系の空間になるんだろう。奥を見てないんでわかんないが。
 エレベーターに乗せられると分かった瞬間「やばいな」と思ったが、もう来てしまったものは仕方ない。
 それにアンケートに答えてくれるだけでいいと散々言うし、空間としてもなにか監禁されるという雰囲気ではない。高校生くらいの女の子やら男の子やらが歓談してたり、他の椅子のとこでも多分私のように連れてこられた人が1対1で話をしている。
 腹を括るしかないだろう。
 実際こういう経験だってしてみても悪いことではないだろう。悪いのか?
 おっさんは「そこに座ってて」とどっかへ行き、かわりにやたらけばい姐さんが登場した。
 黒いスーツをびしっと着込んだ、化粧臭そうな生理的嫌悪感を催させるためだけに存在しているのかと問い詰めたくなるような女だった。
 女はアンケートを差し出した。答えてくれたら綿棒をくれるという。
 別にいらないがくれるというものはもらわなければ損だ。
 アンケートは私にとって3億光年くらい縁のなさそうな項目で作られていた。化粧水はどんなものを使ってるか?使ってねえよ。シャンプーはどんな感じか。どうもこうも普通だ。どこか直したいところはないか?別に今のままでいいよめんどくさい。
 ほぼ全ての項目が「普通」か「別にナシ」。
 こんなアンケート結果もらって何か参考になるのですか?
 
宝石に興味のない人に宝石屋に来てもらうために何か有名人を呼んだり景品を考えたりするのはいいが、興味ない人間は何があったって興味ないから行かないのに「誰が来て欲しい?」って聞いたって無駄だよ、というくらい無駄なアンケートだと思うんだが。
 ちなみに来て欲しい有名人に「蟹江敬三」と言ったら相手は「?」な感じだったのでお話になりませんでしたが。
 まあそりゃよくて、アンケートを渡すと姐さんは言ったよ。
 「とりあえず今から説明をするんだけど、いらなかったらいらないでいいから聞いてくれる?」
 まあ聞くだけなら聞いてあげよう。
 それが時間の無駄だと知っているが腹括ったのだからしばらくは付き合うことにしたのだ。昼飯喰ってないのになあと思いつつ、さて、この言葉が私と姐さんの戦いの幕開けになったのだった。
 姐さんの言い分はこうだ。
 
「○○っていう器具があるの。それをベッドにとりつけて寝るだけでスリムな体になれるのよ。どう?」
 いりません。
 なにより、そんなもんで痩せるわけないだろ。
 そりゃあ詐欺ですよ。雑誌広告と同じだよ。
 「だれとかが体験していて実際何人の方が云々かんぬん・・・・・・・・いらない?」
 
「いりません」
 「でもね────・・・(説明)・・・」
 「いりません」
 沈黙。
 「なんで?」
 
いらんかったらいらんって言って良かったんじゃなかったんかい(怒)。
 「必要ないから」
 「ほんとにすごく簡単なのよ。だって寝てるだけで痩せるんだから」
 「いりません。めんどくさいし」
 「めんどくさくないじゃない。ほんとにこの上で寝るだけよ?どうして?」
 「どうしても何も、私は必要性を感じてないんですよ」
 「確かにお金はかかるけど、ほんとにすごく楽なのよ。私もやってみたんだけど・・・」
 「でも私はいりません」
 ここで帰れば良かったのかもしれんが、私自身がなんか状況を楽しんでしまっていた(笑)。大体にして1日暇で、もうすることないし帰ろうという態勢に入っていただけ。腹は減るから2時30分くらいまでは耐えようという勝手な目標設定をたてて姐さんの話に付き合うことにする。
 彼女はとにかく器具を売りたいらしい。
 そりゃもちろん私が肥満体だからで、肥満な女の子全てが切実に痩せたく痩せるためにはどんな散財も惜しまないはず、などという勝手な妄想を彼女が抱いているからだ。
 デブが自身の優先事項として「痩せる」ことを第一義としてると思うこと自体がおかしいって気付けよ?
 それを優先してんなら、この世にデブはいないだろ。
 彼女はとりあえず商品の売り込みをやめる。が。代わりに、
「女として綺麗であることがいかに大事であるか」を説くことにしたらしい。
 価値観の違う人間にそんなこと言ったって無駄ですよ。
 これだからおたくな人は嫌がられるのかもしれないが────例えば何故それを買えないのか?そんなものに金を割く余裕がないからだ。
 でも金を払うだけで美貌を手にすることができるという。しかし美貌を手にするために趣味等に割く金がなくなる方が私は嫌だ。申し訳ないが毎月万単位で金を支出するなら、それは全部本につぎ込む。CDを買いあさる。ゲームを買いだめしていく。
 それらは人として駄目な論理かもしれない。
 しかし1つの価値観なのだ。
 彼女の言い分はわかる。彼女の立場もわかる。
 ここで私の理論を肯定して「じゃあ帰れ」と言えはしないだろう。
 わかってもこっちだって折れるわけにはいかんのだ。
 ここまで話が進めばもうそれは喧嘩だった。
 「でも痩せるということは悪いことではないでしょう」
 「まあそうですね」
 「だったら考えてみてもいいんじゃない?」
 
「その必要性を感じられません」
 「普通だったら綺麗な人の方が好かれるでしょう。ここでこれをすることはいいことだと思うよ」
 「それは確かにそうでしょう。しかしそんなことで痩せられるとするなら、既に成功してます。今現在こういうことに興味はないからいらないし、切羽詰って痩せなければならない事態がきたらそのときは自分で何とかするでしょう。だから必要ないです」
 「綺麗にはなりたいでしょう?」
 「否定はしませんがこれはいりません」
 「何もこれを買う買わないってことじゃないの。例えば何にお金を使ってるの」
 「本、ですかね」
 っていうか何故そんなことを聞かれなければならない。そして私も答えるなよ。
 まあそんなこんなで話は平行線だ。
 「失礼だけど、あなたは少し太ってるでしょう。痩せたいとは思わないの」
 「思わないことはないですが、
あなたにそんなこと言われる筋合いは有りません
 「思ってることは思ってるんじゃない。なんで化粧したりお洒落したりしたくないの」
 「あなたには関係ないことですし、そんなこと聞かれる筋合いじゃありません」
 なんか男らしい足の組み方なんぞしちゃって態度でかいでかい。
 「そんな喧嘩腰じゃ何も解決しないから・・・」
 「別にそんなつもりはないですけど?」
 「例えば・・・例えばね、
かっこよくて金のある男と、すっごく不細工で金のない男とどっちがいい?」
 「はあ、不細工な方ですかね」
 「そう。
女の人はねそう選ぶんだけど、男は外見で選ぶのよ」
 「はあ」
 あのさあ、例えば私が「かっこいい男」って選んでたら、あんた、「そうでしょう?人間っていうのはかっこいい方を選ぶものなのよ」とでも言うつもりだったんだろ?
 っていうか例題そのものが偏りすぎなんだよ。
 普通の顔で財産もそこそこの男がいたらソレがいいよ。ええ。
 「・・・ここに連れてきた男の人がいたでしょう」
 「はい」
 「その人にね髪の長い可愛い女の子ですよって言われてたのよ?あなたは不細工ではないのに、なんでそんな格好でそんな男みたいな足の組み方をするの」
 そんなこと誰も言うわけないじゃん?
 この女のどこをどうみたらそんな言葉が出てくる?
 おだてるほど引く人間がいるってことを学んどけ?
 「まあ私は人生漢らしくと思って生きてますから」
 「だったらなんで髪を長くしたりしてるの。全然男らしくしてないじゃない」
 「私には私の基準がありますし、それこそあなたに言われる筋合いはないことです」
 髪が長いのは天然パーマを少しでも落ち着かせるため髪の重みを増す手口であり、他の行為に関しても別になんとなくそうしたいだけで漢らしくないことは知ってんだけどね。
 少し沈黙があった。
 姐さんは疲れていた。っていうか溜息ついていた。
 私は時計を見る。2時を既に回っていた。
 「最後に聞くけど・・・本当にこれはいらないの」
 「いりません」
 「わかりました。帰っていいですよ」
 「あ、はい。帰ります」
 
ビバ!勝利!!
 嫌な客だ(笑)。
 姐さんは疲れきったらしく椅子から立とうとしなかった。悪いことしたかなと思いつつ、綿棒いれた鞄をつかんで来たドアへと向かう。
 話を平行線で押し切った女としての何もかもを捨ててしまっている私のために、姐さんは見送り等の行為をすることも嫌だったらしい。
 ────なんと申しますか。
 私はこの時ひたすらスッキリしてましたよ。
 仕事場の関係、私の性格の関係、その他諸々の事情で私には知人が少なく随分長い間他人と会話をする機会がなかった。皆無とは言わないが、こんなに他人と話したのは久しぶりだった。
 鬱憤が晴れたと言っていい。
 ちょっとご機嫌な感じでケンタッキーで遅めのメシを食い、駅へ向かった。
 駅ビルの最上階で絵を飾っていると書いてあった。
 言ってみた。
 なんだかヒロヤマガタとかそっち系の人の絵を売りつけるために開催する短期間の画廊があった。
 来てしまったものは仕方ない────なんとなく中に入ると私より2、3歳年上の女がひついてきて絵の紹介だのシルクスクリーンの絵の作り方の説明などを勝手にしていった。
 要するにこの絵は版画なんですよ、すごいでしょ、らしい。
 ヒロヤマガタの絵の前で「これとかいいですよね」と言われ、私はもう端的かつ豪快に「私はヒロヤマガタ嫌いですから」と言ってやったら
 「そうなんですか・・・私これを持ってるんですよ」
と苦笑いされた。
 あーそーですか。
 その後1時間くらい椅子に座らされて世間話。
 ほんとに世間話だったんだよ。確かに絵を買いますか?買った人の写真です。どうですか?という話はあったが、購買に関しては拒否したため何故か彼女の妹の話とかGLAYが好きとかそんなどうでもいい話を延々した。
 他人だからこそ無責任にできた世間話だったのかもしれない。
 「最後なんですけど、本当に買われませんか?」
 「買いません」
 「わかりました。また来てくださいね」
 爽やかに画廊を後にしましたとさ。
 本当にこの日はよく喋った。普通なら数カ月分の会話をしてしまった感じだろうか。
 すっきりした。
 ほんとすっきりした。
 喋るってのはなんにしろいいことですよ。特に言い合いは楽しい。


 そんなこんなで、日々話し相手がなくて悶々としてる人。
 寂しくなったら人ごみに紛れ、セールスの人と問答を繰り返してみるのがいいですよ。
 私もやってみて初めて知ったけど、いろんな意味で「何かを話す」ってのはいいことなんだよな。例えば悩みがあって塞ぎこんでても、その悩みとは関係ない話であったとしても他人と語り尽くすことはいい方向に反応するらしい。
 ちょっとの間鬱加減がマシになった私はそんなことを思ったりしたのでした。
 セールスに捕まる方法を実践してよかった。
 ただ、連れ込まれる場合、相手がヤクザな人でないことが第一条件です。このことを話すとみんながみんな「それですんで良かったけどヤクザだったらどうすんの!」と怒りますよ。ええ。
 ま、私は運が良かった。運がいいと自分で思ってる人だけ試すべきものかもしれませんな。