で、何がジェットコースターなのさ!


※ 以下の文章には特定の小説の内容が詳しく語られます。これから購入を予定している方は覚悟して先へお進みください。(以下敬称略)

人それぞれ好きな本の傾向ってもんがある。
 純文学、外国モノ、ホラー、ミステリ、SF、まあ多種多様にジャンルってのはあるよね。
 私としては、ミステリとかホラーとか、そういった類が体質にあってるらしい。夏目漱石の「こころ」にムカついて純文学系統は挫折したし、なんだか小難しい昔の話って読むのたいぎいじゃないですか。いや、楽しい話もあるにはあるが、食指を伸ばすまではいかないですよ。雨月物語とか面白そうだけど、やっぱ古典分かって素で読まないと臨場感ないだろうし、現代語訳されても伝わってこないと思うんだよな。
 同じことは外国作家の話にもいえるわけで、これって翻訳してる人の文章能力1つで決まってしまうものじゃないか?確かにスティーヴン・キングの「ダーク・ハーフ」はそれなりに良かったが、「それなり」だ。原文を読むことができたなら、きっとそっちのが面白いに違いない。
 だってさー、マーティンガードナーの「奇妙な論理」とかラヴクラフト全集とか、直訳につぐ直訳だよ?「………である。なぜならば、……だからである。したがって……」みたいな書き方されて気分良く読めるわけないだろう!
 そりゃ訳してくださったことには感謝してます。でも、日本語の文章を滑らかにしてほしいものだ────という簡単な理由で、私は外国作家の作品に手をつけることができません。当たり外れが怖いから。文庫って高いんですよー、あんなナリして。
 そりゃ京極夏彦翻訳!とか小野不由美超訳!とか書かれてたら買うよ。
 でもそんなのないもん。
 赤川次郎が訳してたらあたし絶対手に取らないね。あんな芸の無い文章他に無いと勝手に思ってるもん。
 おまけに出版社によっても多少出る本の種類って違うじゃないっすか。
 私は講談社ノベルズとか新潮文庫が好きですね。文春文庫はちょっと引きます。角川もいいけど、ホラー文庫に限られるかな。まあそんな感じ。昔はスニーカー文庫とかコバルトとか読んでたけど、最近は買うことはなくなったかなあ。
 まあそんなこんなで、やっぱ好みの違いは大きいし、嫌な作家には悪口言いたくなるのが世の常です。出版社の毛色っつーのもあるし、極端な選定になるのはいたし方ないこと。ご勘弁ください。
 で。
 話はまあ、そういうのを基盤に語られます。
 人の好みってやっぱ凄いよな、という話です。


 先日倉阪鬼一郎の「首のない鳥」という本を買いました。祥伝社です。
 ここの本に私妙な先入観があって、「中年向けのちょっとエッチな荒唐無稽サスペンスアクション」を多く出してるって印象が強いんです。多分トンデモ本で紹介されてた「黒豹シリーズ」の影響でしょう。
 だから初めて書店でこれを見たとき魅かれたものの、買えなかったんすね。知らない人だし、本当に面白いかどうかは謎だ。
 でもとりあえず、帯の煽り文句は素敵だったんですよ。まあ煽りだから当たり前か。
 「もう、誰も倉阪鬼一郎を止められない!!」
 「創業100年の印刷会社で恐怖の事件。鍵を握る社のシンボル〈首のない鳥〉とは?」
 そしてなにはともあれ、
 「菊地秀行氏絶叫!」
なんていうでかい文字。
 さぞかし怖いのだろうと思いませんか?しかもタイトルの上に「ジェットコースター・ホラー」ですよ。そりゃあ怖いんだろうよ。いや、興味あるね。
 話は印刷会社で校正の仕事をしている女の人に、社の極秘仕事が回ってきて暗く窓の無い会議室で一人試験問題の校正をさせられることから始まります。妙な社章をもらい、不気味な雰囲気に耐えつつも、まあ気のせいかなと思いながら仕事をしている。
 現代の普通の話。
 しかし、その裏には、会社のおぞましい秘密が隠されているわけです。
 でもね。
 その秘密が暴露され、話が適当に進んでいっても、まあったく怖くもなんともないのだ!そりゃあもう怒り爆発するほどに。
 校正の仕事が進まないんで助っ人が入るのだが、この人がまた能力はあるけど人格的には最低の男。しかし、多分立場としては「危険に曝されようとしている主役を守るナイト」に近い存在だったのだろう。
 彼が、会社の謎を簡単に解き明かしてくれる。
 エッチな会話をおりまぜながら。
 なんかね、彼が話し出すと、たいがい下ネタなんですわ。純真で慎ましやかな主役にとってはセクハラだし、第一聞いててもあまり気持ちのいいもんではないわな。
 だから最初はこいつのこと嫌いなんだけど、ちょっと霊感強くて守ってくれようとしたり、謎といてくれたり、アドバイスしてくれたりすると頼っちゃうし第一、本来の校正の仕事をまた素早くこなしてくれるのだ。その点だけでも好意を持つ価値はあるだろう。
 彼は謎を解く。
 何故この会社が繁栄してるのか。
 それは、会社の百年史に書かれた昔話と、その昔話を詳細に調べていた書物から推測されていた。
 なんか、会社のあった地域は昔森でそこには化け物が住んでた。こいつは悪い奴だが、生け贄を捧げると繁栄をもたらしてくれる。しかし、忘れてはいけない。8年に一度神聖な血を捧げること怠れば必ず災いが降りかかる────とかいうありきたりな昔話。
 小難しげな本とかを引っ張り出してきて自説を語り、今年は生け贄を捧げる年で君はそれに選ばれたのだと彼は言う。
 ここまでで大体本の4割強くらいですか。
 成程。
 この本はよくある、「危険な秘密に触れてしまった男女がいかに危難を乗り切るかっていう話」なのね。
 男は典型的に頼りになり、女も典型的に巻き込まれ型の性格をしていらっしゃる。
 ここまではまあ怖くなかったけど、これだけ意味ありげな妖しい文書を出し、しかも男は若干でも霊感に優れているという前振りがあるなら、後半はきっとジェットコースター・ホラーになるんだろう。楽しみにしてやろう。
 そうやって、続きを読んだのである。
 が。
 話はなんだかおかしくなった。


 会社は「神聖な血」を求めており、要するにそれは「処女の血」ということ(らしい)。
 40年前の亡霊(会社の方針が嫌で、40年前にも処女じゃなけりゃ生け贄にはされんわ、という単純な思考回路で女の子を襲ったあと自殺した自分勝手な人)にとりつかれてしまった男は、会議室で主役を襲ってしまう。まあ亡霊側にしてみれば、救ってやったという感じなんだろうけどね。男の方は正気に戻ったら自分が何やってたかなんて勿論わからない。そのまま警備員に連れて行かれる。
 主役の女は地下の医務室に連れて行かれた。
 そして、処女でなくなったことがバレる。
 生け贄にはならなくてもよくなった────しかし、彼女の処遇は?
 普通ここで彼女を解放してもよくないか?だって、確かに会社の謎自体はバレたのだが彼女自身はまだ半信半疑のところがあるし、そんな荒唐無稽な話一笑に付してしまえば何も起こらない。
 だのに彼らはわざわざ彼女を医務室に監禁、生け贄には別の女を連れてくることで間に合わせた。
 そして。
 主役は彼のナイトと思ってもみない対面を果たす。それは────
 ………血まみれの男が医務室に運ばれてくる。勿論、ナイトの位置にいた男。まだこの時点では私も普通の想像しかしてなかった。「これは典型的な話なんだから、おそらく主役たちは助かるんだろーね」って感じで。
 なのに、男は首切断されてましたよ。こりゃ生き返ることは不可能だわ。
 私としてはとりあえずここんとこは拍手を送りたいと思います。
 意外性をついてくれました。何のアクションもなく気付いたら死んでた、なんて展開そうそうないっすよ。こいつ鬼才かな?と一瞬思いました。嘘だけど。
 主役は絶望します。妙な薬を打たれて動けないし。
 優しかった上司は実は黒幕一味だったりしたし。
 ここまできても、なにやら私的には恐怖を感じない。全く怖くない。何がホラーなのか。そりゃ題材としてはホラーだが、話としては別に何も?という雰囲気だ。そりゃ作中人物は怖いだろうが、私としては……なんかなあ。
 ほんで拘束された彼女の使い途は、医務室にいる女の人の人体実験の道具になることだったが、とりあえずその前に「化け物に生け贄与える成功祝い」ということで、数人の男たちに与えられ陵辱されることでもあった。
 その描写がなんかまた、もー、怖いというより嫌悪感?汚いんだよ。
 彼女自身は絶望して何されてるのかわかんなくなるくらい自我喪失してんだが、読者にはわかるじゃん。状況が。これじゃあホラーじゃなくてスカトロだよ。下品だけど。
 そうされてるうちに彼女が忘れていた感情に火がつく。それは、怒り。
 怒りは妙な薬の拘束をとき、彼女は立ち上がる。周りにいる男たちに襲いかかる。
 ────わたしは生け贄じゃない!
 危険を察知した医務室の人は、隣室へのドアを開けそこに放り込む。
 主役の女は本当に狂っていた。怒りと同時に何かがぶちきれたのか、手当たり次第に破壊して周り、挙げ句、破壊するものがなくなったので自分を破壊した。
 彼女は、死んだ。と思う。
 エピローグに関しては、まあ、言及しません。それでいいよ。別に。
 ここまで読むと、なんかもー、脱力感ですわ。
 この話で一番怖いのは彼女が破壊魔となって自分すらもを破壊してしまったことかもしれないが、それって最後の数ページだけなんだよな。
 じゃあジェットコースター・ホラーでなくて、フリーフォール・ホラーじゃないか?上がる高さは1メートル弱くらいの。
 こんな恐怖のために私はここまで頑張ったの?
 すんごく不満なんですけど。


 何が不満なのか。
 それは多分最初から感じられていたものだ。
 この作家の男女に持つ感覚。この人の年齢は40代前半なわけだが、男と女はこうあるべき、という観念が私にとってちょっと不愉快だったのだ。あからさまに感覚の違いを感じたのは初めてだ。
 なんつーか、女の人はつつましやかで大人しくていうこときいてちょっと間抜けっぽくあってほしい。男はまあ、下品でセクハラしててもよし。その代わりやるときはやれよ、というような。違うかな。
 これはもう感覚の問題なんで読んでもらわないと伝わらないと思いますが、とにかく、もう、私にとって勘弁してくれっていう感覚でこの人は書いてる。これがこの人と私の間に横たわる、時代の流れというか差異というか、そういうものなのかもしれませんが。
 それに、民間伝承、昔語り、亡霊、40年前の犠牲者の女の子、いろんな要素をちりばめておどろおどろしくする仕掛けはばっちりだったのに、それが1つとして生かされていないのは何故だ?
 特に女の子の亡霊。40年前処女でなく生け贄にされそうになって殺された、あの女の亡霊は一体この話にとってなんの役割を果たしたというのか?そういう人がちらっと出てくるんすよ。ただ、本文に触れなくても関係ないくらい影が薄い。
 章の構成も、現代・過去と1つおきにすることで会社の繁栄の秘密を簡単に読者にわからせる、という技法も大変結構なことなのだとは思うが、この話に限ってそれは失敗だったんじゃないだろうか?
 話の舞台が地下の医務室や儀式の場にうつってからこっち、怖くないまでもまともだった話は、一種のファンタジーへと変化するわけだが完璧に臨場感はなくなる。手塚治虫「奇子」における、ムラ→マチへの変化に似ている。これまでつかめていた場の雰囲気がするりと抜け、いやに嘘臭い空虚で非現実的な場にしか見えなくなってしまう。
 駄目だ、この人。
 設定を散りばめ生かしきれないとは勿体無い。
 ────まあ、京極読んでしまったら、こんな感覚になることは致し方ないのかもしれないけれど。


 倉阪鬼一郎の本は、私、これしか読んでません。
 だから他のものも駄目だとは断言できません。
 でも、京極夏彦「どすこい(仮)」から入ったら彼の他のものを読む気力はわかんだろうけど、逆に言えば京極の他の作品を知ってるからこそ、「どすこい(仮)」を買おうと思ったわけで京極を最初から知らなければ「どすこい(仮)」は読んでない。
 っつーことはですよ?
 興味もって買ったこの本が駄目っつーことは、私にとってはこの人は絶対駄目っつーことになりはしないか?
 ほんとにもー、菊地秀行は何に絶叫したの?
 どこが怖かったの?
 不愉快にはならなかったの?
 私はなったよ。
 倉阪さんは私の好みじゃなかったのだ。もっと設定を生かしてくれ!
 他人に言える立場じやないけどな。

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