隠された悲恋
ところで。
前回のことはまあそれとしておいて、ガチャピンのお姉さんへの態度に関しては、ちょっとした仮説を考えましたです。
ガチャピンと子供の日っていう曲というか会話というか、そういうのがあるようで────河愛和美お姉さんの頃のものではないかと思われますが、そのときの彼の態度がかなりおかしい。
おかしいって言葉で追いつくのか?これ。
子供の日なのでどこかへ連れてってくれよー、とガチャピンだけがごねてるんですね。ムックはいません。影も形も。
で、そのごね方がすげえ。
だって入り方がさ、
「ねえ、かずみー」
だから。
「ねえ、かずみー」
「なあに?」
「ねえー、どっかに連れてってよー。ねー」
「そうねえ・・・飛行機を見に行こうかしら」
「うわあ、いいぞいいぞ」
そんなこんなで飛行場に行ったみたいだが────この導入はどうよ?
しかも今とちょっと声が違うみたいで、聞いてるだけだとヒモみたいだ。ヒモが女にごねまくってる感じ。
中途での「ねえねえねえ、かずみかずみー」という呼びかけだとか、なんだかもうタチの悪い男からたかられているようにしか聞こえん。微妙な変態っぽさを感じる。
かずみがそれでいいならいいんだけども。
このあたりの会話から、二人は実はできてたんじゃねえかと邪推したくなる。
もしくは、ガチャピンがかずみ姉さんに想いを寄せたりしていたのではないか、とか。要するにそういう類のことを考えてしまう。
だってさー、私が知ってるガチャピンは少なくとも「もえみお姉さん」「いずみお姉さん」と言ってた。お姉さんを呼び捨てにすることなんて一度もなかったはずだ。
けれどこの時は「かずみ」と呼び捨てだ。
二人の関係はそれなりに深いのでは?と勘繰りたくなっても仕方ないじゃん。
二人の関係が深い、そして、私の耳が確かで彼女が「可愛和美お姉さん」というポンキッキ1代目のお姉さんであったとする。
彼らが仲良すぎだったとしても、時の力は無常なもので、かずみ姉さんも何年かたてば代替わりで番組を去っていく。
しかしガチャピンはマスコットであり去るわけにもいかない。追っていくことはできない。
彼は────彼女のことがずーっと忘れられないのではないか?
考えれば30年の恋心だ。
新しいお姉さんがやってきて、それなりに親しくなっていく。けれど、彼はやってくる姉さんたちにかずみの幻を求めていて、しかしそんなことしても望むものを手に入れるどころか見ることさえも叶わず、毎度失意に塗れていたりするのではないか?
だから投げやり感が見え隠れしているのではないか?
彼女のことがず────っと忘れられないから。
姉さんたちを送る歌や受け答え、「そう?」という台詞、その全てが「おまえらはかずみじゃないじゃないか!」という彼の心の叫びの表れだったりしたら致し方ないことであるのかもしれない。
要領いいってのも、もうかずみには会えないことは決定だし、そうならもう、やってくる人をとことん利用しなきゃやってられない、みたいな屈折した感情の発露だとか。
そう考えると一途にかずみ姉さんを思う彼も健気で可哀想なのかもしれないね。
────って、そんなことあるわきゃあないのだが。
ただもう、ガチャピンの「ねえねえ、かずみー」という言葉がもう、なれなれしいやら変態っぽいやらヒモのようだわで、たまらんかっただけです。
ムックがそこにいないということが、「二人の関係はひ・み・つ」的な匂いを醸してんじゃないかとか勘繰りたくなったんですよ。
びっくりしたんですよ。
どっちにしろガチャピンは憎らしいほどに世渡り上手で嫌なやつなんだ。
それでも彼も心の中に切ない恋心を抱いてたのかなって思ったら、彼の態度の一部も解明できた気がしてくるじゃんか。
ね?
ちょっとした悲恋物語。
どう思われますか?
おわり
2004年1月1日