兄さん・姉さんへの想い




 子供の目には誰が一番親しく映るだろう。


 幼児番組に欠かせないのは「マスコットキャラ」である。
 それは番組のイメージであり、視覚的効果を狙った客寄せであり、番組を広く認知させるためには大事な要素となるものである。(っていうか、別に幼児番組に限らず、企業だって公的機関だってそーいうのを使って広く認知されようと頑張っているけど)
 だから老若男女問わず、ガチャピン・ムックを知っている人は結構いるし、にこにこぷんのあの3人組の名前は知らなくても姿はわかる人は多い。実際私がそうだし。
 まあとりあえず、マスコットは便利だ。
 往往にしてそうしたものは可愛くできていて、幼児はおろか女子中高生のハートを鷲掴みにするのはいともたやすい。どーもくんは一種怖いが、その怖さが最近では逆に可愛いと呼ばれるのだし、兎にも角にもマスコットとはそういうものなのだ。
 が。
 番組はマスコットで成り立っているのではない。
 幼児番組におけるそいつらの目線は確実に幼児と同じ高さにいる。ポンキッキでいうなら、「緑と赤の奇天烈な姿の妖怪が、なりはでかいのに保育園児と変わらぬ行動をとっている」ということになる。
 彼らは進行役ではないのだ。そりゃ勿論中身は幼児じゃないんだからアレだが、どう考えても彼らは永遠に成長することのない保育園児だろう。わがままいうしだだをこねる。進行役もときにはするが、大半は進行するのを傍観する役割にいないだろうか。
 じゃあ誰が進行させるのか。
 簡単なことだ。
 お兄さん・お姉さんに決まっている。
 ポンキッキにおいて、兄さん姉さんの存在は少し薄い。なんというか、ガチャピンが外国行ったり妙なことに挑戦したりする関係でどうしても話題は緑の妖怪へいってしまう。俄然知名度は低くなる。姉さんでさえそうなのに、兄さんは一体どうやって挽回していきゃいいのか。
 ────彼らはつまるところ保母・保父として画面上に現れる。
 親ではなく、テレビという託児所の中にいる「保育園の先生」
 この先生たちは気持ち悪いほどいろんなことができる。
 芝居、歌は序の口で、踊りは勿論のこと全身タイツで文字も作れる。コサックダンスやらまでこなすんだから運動神経の化け物かもしれない。
 なんかですね、私はこの兄さん姉さんが気になって仕方ない。
 特に兄さん。だってかっこよすぎですよこいつら。
 そりゃ姉さんも好きです。私はポンキッキの姉さんを3人しか知りませんけど。
 小学5年頃45分に拡張したときはもえみ姉さんだった。それが数年後、「お姉さん、引越しちゃうの」的な話ののち、いづみ姉さんへと引き継がれた。んで、また数年後ゴールデンウィーク期間中、休みで油断して番組を見ていなかった間に「女優になるの」とほざいて彼女はやめていき、みわゆうこへ交替した。
 みわゆうこに変わってからのポンキッキの転落は凄まじかった。
 すぐに30分に時間短縮され、使いまわしの映像ばかりになり、そして唐突にポンキッキーズへと変化した。
 時代の流れなのか姉さんの人気が薄いのか、真実は闇の中ではあるのだが。
 とりあえず記憶に残るのは、もえみ姉さんは万能、いづみ姉さんは演技上手、みわゆうこは歌も演技もかなり不味かったということ。
 もえみ姉さんのときは、全員で(ガチャピンだけとかじゃなく)どこかへいくことはけっこうあった。兄さんも引き連れて総勢5人で沖縄に行ったこともある。ムックは暑くてへろへろになってたら現地のおっさんがまるごとパイナップル切ってくれたりして、たまに幸せそうなこともあった。
 いづみ姉さんが新しくやってきたときは、ガチャピンムックは「姉さんと仲良くできるかなあ」と悩んでいた。で、最初のシリーズとして「いづみ姉さん家へご訪問しよう」ツアーが決行されている。
 「行こうか」「行こう」で飛行機んのって行けるんだから凄いよなこいつら。
 行った先の田舎にいる姉さんの両親や妹たちが、カメラ向けられて緊張し、くそ素人臭い喋り方になっているのが微笑ましかった。
 みわゆうこんときはあんまり目立ったリアクシヨンは無かった。
 つくづく可哀相な姉さんだと思う。
 まあそんなこんなで姉さん関係は、ガチャピンムックに同行したりしていろんな場面で姿を見ることができる。あいつらがイギリスにトーマスを求めて旅立っても、ナレーターや進行役は日本にいるお姉さんだった。
 保父はそんなに聞かないけど保母は世の中ごまんといるわけで、子供たちに好かれるのはやはり兄さんより姉さんかもしれない。
 じゃあここで振り返って兄さんのことを考えよう思う。
 兄さんはこの番組に二人いる。名前を山崎清介・砂川直人という。片方は顔はかっこいいとは言えないが中身はとてもいい人そうな感じで、もう一人は少しだけいかしてるがやはり基本は前者と一緒という男。山ちゃんが前者ね。直ちゃんは山ちゃんよりかっこいいけどその分根性が少しだけ汚そうだ。
 この二人はほぼセットで行動することが多い。
 歌や体操に出るのも、どこかへ外出するのも(幼稚園とか?)、全身タイツで人文字作るのも、ピンで現れることはまずない。まあそれはいいのだが、なんか下手すると一日番組のどこにも現れない日があるのはどういうことか。歌の中で体操踊ってればいい方で、仮にもエンディングロールに「お兄さん」として登場するにもかかわらず番組のどこにも居ないのは何故なんだ。
 その日、兄さんが見れると喜んだものだが、はて、じゃあ毎日使う気も無い兄さんを番組は二人も飼っててそれで良かったんだろうか。
 そう。
 ないがしろにされる兄さんたちの「存在意義」はどこにあるのか。
 某テレビ局にあるこの手の番組にも兄さんは存在する。でも一人だけだし、必ず毎回出てきていると思う。
 けどポンキッキにおいては使いまわしフィルムも多く、上記のように出てこない日というものもままあるのだ。しかもこれはちょっとすごいことだが、姉さんは私が見ていた約6年の間に2回変わったが、兄さんはそのままで変わらなかったのだ。
 といってもですよ、6年見たと言って山ちゃん直ちゃんは私が見始めたその日に初登場だったわけじやなく、その何ヶ月まえとかもしかしたら数年前からずっと出ずっぱり生活だったのかもしれない。
 ん−、姉さん一人に兄さん二人というのは、「姉さんの魅力に兄さん一人じゃたちうちできん」ということなのかなあと思っていたのだが・・・ちょっと待てよ。
 もし仮に万が一仮定として「兄さんが約10年という長い間ポンキッキの中でその技能を最大限に生かした小技をずっとかましていた」としたら、ポンキッキを文字通り影で支え続けてきたのは兄さん二人ということになりはしないだろうか。
 ポンキッキは二人を無駄に飼っていたのではなく、兄さんたちが逆にポンキッキを操っていたりなんかしたら・・・かっこいい話じゃないか。
 本当にこの二人はなんでもこなすのだ。
 演技はうまいし、歌もそれなりに聴ける。さっき触れた通り、コサックダンスまでマスターするほど踊りも完璧。アマチュア新体操選手として生きていって欲しいと思えるしなやかな動き。あと不思議なことは、あんまり老けていないことだが、恐らく幼児たちの若人エネルギーを吸って老化を防いでいるんだろう。
 にしても、いくら外見上若く見えるとしてもだ。
 10年の歳月っていうのは伊達じゃない。
 乳児は小学4年になるし、ハタチのピチピチギャルはお肌の曲がり角を100Mぐらい過ぎきったおばさんになってしまっている。
 山ちゃん直ちゃんが20歳から「兄さん」として生きていたとして、単純に考えても彼らは26歳を超えている可能性がある。10年やってたとしたら30歳なわけで、力士で言えば体力の限界で引退を余儀なくされるお年頃だ。
 私は姉さんが替わるたび、「兄さんも替わってしまったらやだよなあ」とぼんやりと思っていたものだった。結局交替とかそんなのすっとばして番組自体がなくなってしまったわけだが、ちょうど彼らにとって「体力の限界」を感じる時期だったのかもしれない。
 そうか。
 そういうことか。
 あの二人が体力の限界を感じ、「番組やめる」と言い出したからこそ、あの正統派ポンキッキを続けていくことができなくなったのか。
 あの兄さんの役割は彼らにしかできなかったのだ。ビバ!兄さん!!ビバ!山ちゃん直ちゃん!!
 思えば番組が衰退しきってしまい、新曲はでず、トーマスだけでもっているような頃があった。兄さん姉さんがでてくる場面はいつも一緒。みわゆうこがいつも同じタータンチェックの黄色っぽいスカートをはいていたのを思い出す。
 そのコーナーを見るたびいつも、「嗚呼、またフィルムの使いまわしか。ポンキッキはもう長くないのだろうか」と悲しみにくれたものです。実際長くなかったのだが。
 もしかしたらあの時裏で兄さんたちが、「こんな体力仕事はもうできん。引退させてくれ」「そんなことはできん。あんたらはこの番組の要なんだ」という論争が繰り広げていたに違いない。だからこそ晩期のポンキッキは進んで新しいコーナーを作ることもできず、かといって兄さんなしではやっていけずどうするべきか・・・というジレンマに陥っていたんじゃなかろうか。
 しかもきっとどっちか片方というのではないのだ。あの二人はあの二人だからこそ意味をなすのであって、姉さんの時みたいに「やめるから次を探そう」ということにはならない。例えば山ちゃんだけがやめたからって、違う兄さんを連れてきて「コンビ組め」と言っても無理な話だったに違いない。
 要するに、兄さんはないがしろにされているのじゃなく、むしろ彼らあっての番組だったのだ。
 じゃないとおかしい。みわゆうこが姉さんに就任してからポンキッキーズに変わるまでの期間は他の姉さんと比較しても驚くほどに早かった。
 みわゆうこがダメだったのではないのだ。さすがに最初は人気ないとしても、時を経れば姉さんとして定着し、歌も演技も踊りも上達していくのだから、首を切るには早すぎだった。
 あと考えられるのは、上がポンキッキーズへの移行案をだしたとき、古株の兄さんたちが少なからずの抵抗をしたことにより、あの「苦し紛れの使いまわしフィルム期間」が存在したのかもしれない。



 ガチャピンムックはマスコットという立場だから、すんなり新しい番組へ移籍することができた。けど、方針は変わっても進行役は必要にもかかわらず、番組はこれまで功績のあった兄さん姉さんを切り捨てた。
 無理に切り捨てる必要なんてさらさらないのだ。
 あれだけのバイタリティがあるなら、少なくとも兄さんはポンキッキーズでも生き残っていくことができたのだから。
 じゃあここで考える。


1 兄さんが「体力の限界」を理由に引退しようとし、そのため番組は変わらざるを得なかったのか。

2 上の方針に反発したから、兄さんはポンキッキと名のつくものから姿を消したのか。


 私としては後者がいいです。兄さんたち自身に番組を進めていく気持ちはあったと信じたいからです。
 でも結論としてはどっちもなんとなくカッコイイので、上の二つが本当に真相ならどっちでも納得できる。



 兄さんたちの代表曲「みんなともだち」が、ここで兄さんのことを考えている間ずっと頭の中を流れていた。
 あの曲をあの人たちが作ったわけではないけれど、ずっと側で「いなくなっても友達じゃん」と言ってくれてる気がしてちょっと嬉しい。
 兄さんは人気なかったりないがしろにされてたんじゃなくて、番組を影で支えていた凄い人たちなのだ・・・という結論がこれからの人生私を支えてくれるだろう。
 本当に素敵な人たちだった。
 またどこかで見ることができればいいのだが。

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