保存維持にあたっての個人的な感慨

 以前「レース鳩0777についての思い出」を延々語った。
 重複するがしばしお付き合い願いたい。


 大体「レース鳩0777(=以下、アラシ)」ってなんなのかってことなんだけど、漫画ですよ。
 それも20年30年って単位で昔の少年漫画。ドカベンをリアルタイムでやっていたのでは?という時代の少年チャンピオン(秋田書店)で連載されていた鳩と人間の熱い絆の物語だ。
 鳩に関して全くの無知であった少年が、体当たりで覚えたり仲間から無理矢理知識を奪ったりしながら、血統としては最高の鳩・アラシを育てていくという動物漫画の最高峰。銀牙は犬の中で完結していたが、これは飼い主に7割方重点が置かれていたからどっちかってーと「動物のお医者さん」に体裁は近いかもしれない。内容がではないですよ。念のために。
 で、これに出会ったのは偶然の結果としか言い様がない。
 ちょっとそこまでの過程は長くなりますが────
 小学校4年生の頃、教室の窓に鳩が飛んできたんですね。鳩。
 いくら私が広島に住んでいるとしても、平和公園の周りではないから普通鳩が飛んでることなんてあんまないんですよ。っていうかそうそうない。平和公園からバスで30分離れてますからね、一応。
 私の気が確かなら、夏から秋へ移行した季節で空調設備のない公立小学校の窓は全開になっていた。当時教室の位置としては南端の3階、私の座席位置は教室のど真ん中よりは少し後ろくらいじゃなかっただろうか。前側の窓で「鳩が居る」という話になり当時臨時担任としてやってきていた三重先生(男)がとっつかまえたのだ。
 どうもそいつは過去に鳩を飼っていたことがあるらしい。これまたひどい偶然だ。
 恐らく慣れた手つきで鳩をつかまえ、そいつがそこいらの野良鳩ではなくレース鳩であることを確認する。
 まあ人になれているというのもあっただろうが、足に足環がしてあって、それこそが誰かが飼っているレース鳩であるという証でもあった。
 足環がついているなら話は早い。
 担任は多分慣れた様子で飼い主に教えるためにレース鳩協会へ連絡を取った。
 これで飼い主に連絡がつけば、そいつが鳩を取りに来て話は終わり。少なくともこの顛末は小学生の思い出の片隅のちょっとした事件として風化し忘れられていくはずだった。
 が。
 なんかよく分からんが驚嘆すべきことには、その飼い主の返答、「その鳩あげる」というものだったらしいんですよ。
 鳩をあげる!
 なんでだよ、と突っ込みいれるべきとこだが一応理由はあって、
 「一度そこに帰ることを覚えてしまったらもうもとの家には帰ってこない。だから君たちが飼ってくれればいいと思う」
ということだった。飼ってたものに対する未練は微塵もないのか?あるだろうけどね。
 まあ他にも、子供に鳩好きになって欲しいとかそんな野望があったのかもしれない。
 こうして我が4年1組はレース鳩を飼うことになったのだった。
 鳩を飼うとなれば何が必要かって小屋とか飼料とかなんだが、とりあえずそこは小学生、小さな箱をとりあえずの巣箱として真っ先に鳩の名前を決めることになったのだ。名前なしではこの先の生活に支障をきたすのは自明の理。
 名前は単純な決定方法で審議された。
 幾つかの候補を皆で出し合い多数決で決定するという、原始的民主制の基本だ。
 候補は最終的に2つに絞られた。
 「ポッポ」と「はとちゃんペ」。
 どういう陣営がどちらの名前を推しているかは推測するのも容易なことだ。
 私は当時まだ女の子的な感覚を持っていたらしく、何度かの多数決ではポッポに票をいれていた。要は女VS男の戦いになっていたわけだ。
 2つの名前の最終決戦、私は誘惑に負けて「はとちゃんペ」の方に挙手してしまう。
 実は面白いからこっちのが良かったんだよねー。女子として女子の意見に肩入れしていたのだが、そんなんもうどうだっていいよ。自分に素直に生きるよ、とでも考えたんだろう。
 実際男女比として男のが数人多いんだから男子が勝つのかもしれなかったが、票としてはマジで18対17とかそんなギリの攻防の末に「はとちゃんペ」に軍配があがった。
 後で女子から責められましたが、他にもはとちゃんペに手を上げてた奴いたじゃんよ。
 略して「ちゃんペ」と呼ばれるようになった鳩、しばらく教室の後ろの巣箱で飼っていたのだが、担任からだか児童からだかの発案で学校の裏庭みたいなとこにある学級庭園(?)で大きな鳩小屋を作ろうということになった。ちなみにその模様は当時の中国新聞の「ほのぼの」というコラム欄で紹介されましたよ。
 結構立派な鳩小屋ができて(全長2メートル強ぐらい、しかし下80センチくらいは高床式倉庫みたいになってて、箱の側面には変な色が塗ってある)、ちゃんペはそこを住処とすることになったのだった。
 そーした過程の中、元の飼い主は私たちに資料と言えば資料みたいなものを送ってくれた。
 それがいわゆる読み古されてボロボロになった「レース鳩アラシ」のコミックだったのだ。元飼い主はこの本が本当に好きだったのだろうと思う。彼の年齢から考えて、丁度リアルタイムでチャンピオンとかコミックとかを買えるはずだし、今思うにこの人はこの漫画があったからこそ鳩にのめりこんだのかもしれない。
 「この本を読んで更に鳩に詳しくなってくださいね」。────などという姿勢もそれあってのものだろう。
 コミックは学校に受け入れられた。教室後ろの学級文庫に並べられ、休憩時間(大休憩は除く。その時間は外に出て遊ばなければならないという強迫観念が皆にあった)にのみ閲覧が許されることになった。
 ────まあ、考えれば大事な漫画を小学生にくれてやるという、その精神が今の私にはわかりません。惜しくなかったのか?
 この本、全員が読んだかどうかは知らない。
 私は読んだ。
 読んでよかった。
 とびとびに読んでたけど結構面白かったので最初から通して読んだりもした。13巻と14巻をやけに読み返したりした。
 今思えばその漫画は鳩の世話になんら寄与していなかった。
 小屋は作ったし掃除もしたし餌も与えた。けれどこいつはレース鳩。飛ぶために生きているのだ。
 なのに訓練はしないしさあ、あまつさえ窓から飛び立てば「逃げた」と思うわけで。レース鳩は帰ってくるものなんだってば、運動させてやれよと今なら思う。まあ、────どう考えてもそこいらの野良鳩と同じに落ちぶれてしまっていた。
 「レース鳩アラシ」は結局鳩飼いには役立たなかったのだ。マジで。
 実際どれだけの人間がちゃんペについて真剣に考えていただろうか。少なくとも私はどうでもよかった。
 好奇心は一応あった子供だから気にならないと言えば嘘になるが、気になるかといわれてもそこまでじゃないしね。大体鳩小屋造りも真剣に参加しなかったし。
 だからこそなのか、その後ちゃんペがどうしてどうなったのかはよく覚えていない。卒業までは生きていたと思う。卒業した年ぐらいに、風の噂でなんとかいう先生が車で轢いたということを耳にした。
 感受性豊かなガキとしては憤慨したものだが、人に慣れ車に慣れてしまい怖いもののなくなった鳩にとっての仕方のない結末だったのかもしれないと今なら思う。犬とかならまだしも、あんな小さな鳩、地面に歩いてれば車から見えないのだし、その先生も別に「殺してやるぜウッシッシ」と思って轢き殺したわけでもないだろう。
 まあそんなこんなでちゃんペは完璧に思い出の中のものとなった。
 残されたのは「レース鳩アラシ」。
 実際のとこ卒業してしまえばそんなコミックどうでもよかった。欲しくなかったと言えば嘘になるが、だからといってクラス全員を敵に回して「これは私の!」というほどまだマニア心は育っていなかったのだろう。
 次第に記憶も薄れる。
 1100キロレースは凄かったよなあ、という思い出話も誰としていいやらわかんない。
 読んでた当時は姉やらに熱弁を奮っていたらしいのだが、相手は見たことないんだから小学生の文法じゃ全く雰囲気を伝えられなかったようだ。伝えられないまま記憶は風化し、「そーいうのあったよなー」という感慨から思い出すことも少なくなっていった。
 しかしいい漫画というのはやはり心のどこかに残るもので、再びこの漫画と対面する日を迎えることになってしまう。まさか再会するとは思わなかった。
 出会った日から約10年後。
 場所はバイト先。
 本が入荷したわけでなく、秋田書店専用注文書にまだ記載されてたんだよ。
 当時コミック担当のおばちゃんは他に居たが、何故か私も注文担当することがあって、そんとき見つけたもんだから思わず注文しちゃったよ。そしたら半分も入ってこなくてがっくりさ!
 他のはどうでもいいから13・14巻がいるんですけど。
 願い虚しく入荷したのはどうでもいい中間の話。そんな500キロとか300キロのレースなんか屁なんだってば。1100キロを演出するための前戯に等しいところだけ持っててどうすんだよこんちくしょう!
 でもまあ入らないものは仕方ないし、古本屋にもないんだからどうしようもない。
 そのまま忘れることにしました。
 また数年の歳月が流れ、はずみでオークションをのぞいたらはずみで見つけちゃったですよ。
 「レース鳩0777全14巻セット」を。
 私的にものすごい戦いの末に人には言えない高額なお値段で競り落とし、なんかもう嬉しいのか悲しいのか情けないのかよくわからん笑いをもらしたものです。
 ええもうそりゃ買いましたよ。
 金さえあれば大概のものは手に入るという良い見本だ。
 裏を返せばそれくらい欲しかったというか、それくらい思い出深かったんだろうね。妙に熱い血のたぎった鳩レース漫画。
 何故こんな名作、誰も噂してくれないのだろう?
 競り落とそうという人間が他にも居るから全く駄目なわけではないのだろうが、復刻する影も見えないのはどういうこと?っていうか私が単に復刻を見逃しているのか?どっちにしろコミック版が欲しいことに変わりないのだけれど。


 ま、そーゆーことで。
 レース鳩アラシがいかに面白いかという話をしたくなった。
 いやそれより、凄い値段で買ったからなんとか金額分活用したくて仕方ない、っつー感じっすか?
 しかし誰も知らないモノをどうやって伝えればいいのだろうか?あんま画像を貼り付けるのもやばいしなー・・・などと思案した末やはりこーいうとこで落ち着きました。
 いつものような桜小路的紹介でいきます。
 理解できなくてももうそりゃ仕方ないさ、勘弁して。
 思い返せば前回紹介したとき(よろず雑記参照)、前半のダイジェストと1100キロレースの詳細を書いてたましたが、あれところどころ間違ってます。
 とりあえずビャクヤの死に方の過程が嘘でした。
 前半ともかく1100キロレースの話をして誰かにわかってもらいたい────ってことは、漫画を載せるわけにはいかんので小説でやってやろうじゃないかという話に落ち着いたりするわけで、そういうのはここで改訂していきたいと思ってます。
 まあしょーもない文章だけど誰かに読んでもらえりゃ御の字だ。


 長々と駄文を連ねましたが、あとは追記されるだろうデータや記憶を参照してみてください。
 力及ばないかもしれませんがここで行われることが私の最大限の「レース鳩アラシ」への愛情表現だと思われます。
 レース鳩の世界というより、この珍妙な動物漫画の世界を堪能してもらえればこれに勝る幸福なしですわ。

2002年2月23日
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